クリスマスにこんな記事を書くのも如何なものかと思うが、20代最後のクリスマスも一人で過ごしたからこそ、ふと人生を振り返ってしまった。

20歳過ぎた頃から、ずっと周りに置いていかれ続けている感覚がある。
自分だけが一歩も前に進まず、周りはどんどん進んでる。

時が進むにつれ、仕事はまぁ頑張ってるしスキルアップもしていると思う。それだけ。プライベートの時間は無くなっていき、連絡を取る友人は少なくなっていった。今はもう、本当に限られた家族同然の友人数人と遊んだりするのみである。

こんな自分語りはあんまりしたくないんだけど、まぁ此処しか吐く場所ないから許してね。


そもそも人生が狂い始めたのは、結局親の離婚だと思う。
まず中学2年の時に両親が離婚し、父親は家から出て行った。今から約16年前で、その瞬間から今に至るまで実の父親と会った事がない。一度も会いたいと思わなかったし、向こうからコンタクトを取ってくる事も無かった。
僕と実の父親は14年の歳月一緒に居たのにもかかわらず、何も築かなかったのである。離婚をするほど家庭環境が悪い、というのは結局のところ、こういう事なのである。
親の離婚から1年も経たない内に、母親が別の男性と再婚をするから、と言って家を出て行った。彼女は「母親」としての人生ではなく、「女」としての人生を選んだのだ。どんなに取り繕っても、14歳の子供を置いて家を出るという事の重篤性は分かるはずだ。そして14歳、中学2年生という周りには残酷な側面をもつ子供達が大勢いる環境で「苗字が変わる」という事は本来あってはならない事案なのである。人間の、そして何より中学生の持つ集団心理同調圧力は凄まじいのである。一人がニヤつきながら「なんで苗字変わったの?」と聞いてきたら、その後ろに100人以上のニヤついた同級生が存在するのだ。
僕は結局卒業以降、中学の同級生とは誰一人連絡を取っていない。連絡先も知らない。こっちから完全に閉ざしたので同窓会等に呼ばれたことも無い。そしてそれで構わないと思っている。なぜなら彼らは僕の人生に於いて敵となる存在だったのだから。

本当に子供の事が大切なら離婚なんてしないはずなのだ。そんな関係にならないように何処かで修正するはずだ。それでもあの二人は離婚した。つまり子供の事は大切に思っていなかったのだ。だから「親の愛」を知らないのだ。結果中学時代からこの歳になるまで、心は成長しないでしまった。親の背中を見ずに生きてしまったから大人になれなかった。

反抗期で親と衝突したり、進学の事で話し合ったり、成人して親への感謝に目覚めたり、初任給で親に何かをプレゼントしたりする。そういったごく当たり前に皆が経験する人生の過程をスルーしてしまったから一向に心が成長しないのだ。
手遅れだからもうどうしようもないけど。


親が居なくなった。といっても母方の実家でずっと暮らしてきたので祖父祖母と共に生活してきた。生粋のおばあちゃん子だ。その祖母も数年前他界してしまった。私の中で唯一本当に心から家族と思っていた祖母がいなくなった。
祖父とはいまでも一緒に暮らしてこそいるが、これもまた話せば非常に長くなるのだが、ちょっと特殊な事例で、今でも祖父とはどこか他人行儀な感じだ。端から見たらとても血の繋がった家族とは思われないだろう。


本当はもっと色々吐き出したい事があるのだが、少し酒も入っているしあまり振り返りたくない人生で後悔するような生き方をしてしまった事をクリスマスに考えすぎるのも良くないかな、と思う。


まあそんな家庭でそんな生き方をしてしまったので、あまり感情を表に出せず、人に心を開かないものだから友達が極端に少ないのである。そう、私が心を開かないから当然相手も心を開いてくれない。特に異性は顕著だ。分かってはいるのだが、心の開き方、というか人との接し方が上手くないのだ。その反面というかだからこそというか、表面上さえ上手く出来れば問題ない仕事上の相手との接し方は多分相当上手い方だと思う。私が感情的にならないし、相手を怒らせるような言動は絶対にしないので、無駄に信用される。仕事上の人付き合いはかなり出来てる方だと自負している。

仕事上なら上手くいくが、プライベートはそうもいかない。歳を重ねるにつれ友人の作り方が分からない。でもそれは相手じゃなくてこっちに問題がある事も分かっている。がどうしようもない。

今、付き合っている友人は2人だけで、どちらも高校の時の部活の先輩なのだが、心が広いというか何故か非常に趣味が合うのでその友人としか遊ばない。その友人には何でも話せるしどんな遊びでも付き合ってくれる。人生で唯一といっていいほど限られた絆なので、私はそれに異常に依存してしまっている。本当にそこしかないので、その出会いが無かったら私はマジのリアルに孤独な何かになっていた。危ない危ない。
そんな2人の友人の内1人が脳腫瘍に侵されてしまい、手術はしたものの5年後10年後の保障は無い状態になっている。
かくも世界はどうして私から奪うのだろうか。まだ気が済まないのだろうか。前世で相当悪い事をしたんでしょうね、私は。


愚痴っても仕方ない、取り返しようのない人生なので今さら嘆くつもりもない。むしろ孤独だからこその気楽な人生だったと笑って話せる自信はあるが、年に何回か異常にナイーブな気分になる日がある。家族連れでケーキを買っているのを見たり、街が綺麗に彩られて皆を祝福してくれているような雰囲気を醸し出すまさに今日、クリスマスが特にそうだ。

僕が生まれた宮城には仙台という町があり、この季節は光のページェントといって凄くきれいに町をキラキラと飾る風物詩があるのだが、僕は一度も見に行った事が無い。周りには『興味がない』と言っているが、本心を言うと大嫌いなのだ、その雰囲気が。
昨日タクシーの運転手が言っていた。『クリスマスは皆家族と家で過ごすから、我々は暇なんですよ』と。家族と、ね。あーそうだね。良かったね。だからクリスマスは大嫌いなのだ。毎年凄いナイーブになる。

ま、もう別にどうでもいいですけどね。


長々と何が言いたいか分からない事を書いてしまったけど、ちょっと感傷的な気分になっただけ。本当はそこまで自分の人生を嘆いてないし、不幸だとも思ってない。後悔はしてるけど。

でももう少し私が周りに心を開けたなら、まだ少しは人生が変わるかもと心の奥底では願ってる。この歳になってもそんな淡い期待を無くしきれていない辺りが、心が成長してないって事なのかもしれないけれど。