先々月位から「友人の親が死ぬ」という行事が連発している。

死生観は人それぞれだから断言は出来ないが、もちろん当人達は悲しい気持ちをしばらくは抱える事になるのだろう。それでも故人は皆、ちゃんと子を生し、家族と人生を過ごし、最期もそれなりに弔われるのだから、良い人生だったのではないだろうか。そして残された家族は、出来るだけ早く立ち直り笑顔で人生を続ける事が、個人にとっての最良の弔いになるのではないだろうか。とそんな事を思ってみたり。

まぁ私の実の父親はもう生きてるか死んでるかどうかさえ分からないんですけどね。


そんな出来事が連続的に発生して、何より思うのが、「もう自分達もそんな歳になったのか」という事である。
なんせもう30歳を超えたのである。親が病気や老衰で逝去しても、それは当然の事象として起きてくる年齢なのだ。

そんな訃報が続くと考えてしまうのが、自分が何十年か先、死ぬ時の事である。
今の段階で、冷静に客観的に、今まで歩んできた人生もちゃんと計算に入れた上で、これから先どうなるか。これはもう先ず間違いなく、これ以上ない位の確率で「孤独死」である。「無縁仏」である。そして後の「事故物件」である。
実に悲しいが、これが今考えられる現実的な未来なのだ。


そうならない為にも、生涯の伴侶とは言わないまでも、人生のパートナーと呼べるような人を見つけたいですね。

まぁ何が言いたいかっていうと、「皆早く立ち直ろうね!」って事。どうかと思われる言い方だけど、死なない親なんていないんだから。


そんな取り留めもないお話でした。